「いやだなぁ、もう。急に降ってくるんだモン」
小春日よりの暖かな日の夕方。
急に降り出した雨の中を傘も挿さずに走る少女。
「天気予報って当たらないなァ。傘持って出ればよかった……」
ブラックのロングソックスにコントラストの利いた白黒のスニーカー。
前髪が少し長めのショートカットヘアーに紺色のヘアバンドが覗く。
ばしゃばしゃと派手に水飛沫を上げて、少女は家路へと向かう。
車通りの多い、大道路から脇へ入り七つめの交差点を左。
閑静な住宅街の入り口となる「緑ヶ丘第2公園」の向かいに、その喫茶店はあった。
「えーっと、鍵、鍵っと……」
すっかり雨にぬれてしまった鞄の中から、喫茶店の裏口のキーを捜す。
慌てているからか、なかなか見つからない。ファスナーにつけている小さな人形が、かちゃかちゃと音を立てる。
「駄目だ、みつかんない!! 表から入っちゃお☆」
鍵探しを諦め、少女は喫茶店の表へ向かう。道路に面した喫茶店の入り口には「OPEN」の札が、かかっている。
カラン♪コロン♪……
「ただいまーッ!!」
元気よくドアを開けて中へ入る。
ようやく雨の冷たい雫から逃れる事が出来た少女は、ふぅーっとひと息、深呼吸をした。
「よし! 時間ぴったり!」
下校時刻から少し走ってドア・ツー・ドアの二十五分。
「菜緒っ!!」
喫茶店内のカウンターから少女を呼ぶ声がする。
「営業中は裏口から入りなさいって、いつも言ってるでしょう!」
「だって、鍵見つからなかったンだもん……」
頭からずぶ濡れの状態で、奈緒と呼ばれた少女はカウンターの中の女性に答える。
「それに、今、誰も来てないじゃん……」
喫茶店は入り口がさほど大きくなく、一見すれば普通の家と見間違えてしまう外観。
ふとした気分で立ち寄る人々が集まる小さな茶店……といった感じである。
今日は雨が降っているせいか、いつもの常連客も、まだ顔を見せていないようだ。
「だからって、そんな格好で入ってきて……。お客さんが居たらどうするつもりなの? 下着が見えてるわよ……」
「あ、ヤベッ!!」
白い制服が雨に濡れて、下着まで透けてしまっている。
「ン、ックシュン!!」
「ほら、風邪ひくわよ! 早くシャワー浴びてらっしゃい! 出たらお店の手伝いを、お願いね」
「ハーイ」
投げられたタオルを頭にあてながら、奥の部屋へと走っていく少女。
バタバタとする妹を見ながら、カウンターの女性は、「はぁ……」と、ため息。
「いつまでたっても……」
車通りの多い、大道路から脇へ入り七つめの交差点を左。
閑静な住宅街の入り口となる「緑ヶ丘第2公園」の向かいの喫茶店。
『メイユール』という名のその喫茶店には、今日も仲間たちが集まって来る。
カラン♪コロン♪……
「あ、いらっしゃいませ。奥が空いてますよ」
「お久しぶり、紗綺さん。ブレンド、お願い」
「はい☆ お待ち下さい」
「着替え、完了!」
シャワーを終え、ラフな格好になって店内に戻ってきた少女は、カウンターの中の紗綺と呼ばれた女性に告げる。
「お姉ちゃん! そと、みて、外!」
「ちょっと奈緒! もうお客さんが来てるでしょ!」
客前でもあっけらかんとしている妹に注意する女性。しかし、少女は全然気にする様子が無い。
「なんだ、コウちゃんじゃん! おひさ!」
「はっはっは。まぁ紗綺さん、いいじゃないか。奈緒ちゃんは元気が一番だ」
「そうだ! 元気が一番だ!」
コウちゃんと呼ばれた客の台詞を真似ながら、さも当然! といった雰囲気で開き直る少女。
カウンターの女性は頭に手をあてて悩んでいる。
「だから! おねぇちゃん! 外!」
「なんなのよ……もう」
煎れかけのコーヒーをそのままに、妹につられて外へ出る。
「ねっ。綺麗でしょ」
「…………。本当……綺麗ね……。久しぶりに見るわ……」
夕暮れどきの雨も上がり。
東の空には、七色の橋が、架かっていた。